Love,Laugh and PEACE! from Hiroshima
馬に乗るライフコーチ
&ピースクリエイター
きょうちゃん(結葵)
の日記です
Calendar
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

NewEntry
Comment
Category
Archives
Links
Profile
Mobile
qrcode
Counter
☆Facebook☆
Today's Bottle
HMCA オーラソーマ 今日のボトルのメッセージ
好きな本と音楽たち
Other


スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - |
わたしのもとに
わすれものを置いていったひと
たとえばよく晴れた日に
たとえば雨が降る日に
思いだす

わすれものをしたのは
あなたではなくわたし
風がながれて季節がかわっても
なんどでも

とおく離れた場所で手にいれた
サクラいろのはんかち
なんべん置き忘れたかわからないけど
いつもわたしのもとに戻ってくるはんかち
みえない糸で結ばれているのか
 
ほんのひとときの
きらめいた時間
一瞬一瞬の輝き
生きていることのふしぎ
愛おしいあなた
| ひとりごと | 10:25 | comments(0) |
久しぶりの
ブログを書くの、久しぶり。
来年したいこと、覚え書き。

1.ジョアンナのコースを受ける
2.
つながりをとり戻すワーク「アクティブ・ホープ」
3.読書会
4.“小さな旅”セッション
5.コーチング体験会
6.無心で馬にたくさん乗る
7.モノ書き
8.人生のパートナーと出逢い、共に過ごす

まだ出てくるかもしれないけど、今はこの8つ。
1年後、楽しいこといっぱいあった〜、って笑える1年にしよう!

 
| 近況報告 | 03:39 | comments(0) |
心のフルコースセラピー“小さな旅”セッション
広島県北部の安芸高田市美土里町にて、ご提供しているセッションのご案内です。

このセッションは、カラーを取り入れたライフコーチングと、ホースセラピーをかけあわせた相乗効果で、あなたが本来の自分を思い出し、真実の自分で生きることをサポートします。

 
「くつろぐこと」「ゆるめること」「ひらくこと」「感じること」「つながること」を大切にしたいので、そのためのスペース(場所と時間)を提供します。

馬と色の力で心を開放し、ありのままの自分を見つけ、コーチングによって未来へ一歩を踏み出すきっかけを創りだす“小さな旅”に出かけてみませんか?


**ライフコーチ紹介**

結葵(ゆき)@西田恭子

広島市在住。2006年10月、米国のコーチ養成機関CTIの認定資格CPCC(Certified Professional Co-Active Coach)取得。
2008年2月、オーラソーマプラクティショナー登録。
2003年より、広島でコーチングを広める活動に尽力。
2010年より乗馬を始め、馬と関わることを通じて、コーチングでの学びを深めている。



 
**ホースセラピスト紹介**
Tear(ティア)@竹内直美

広島県北発信のホースセラピスト。 
2004年11月、ホースセラピストとして新天地に足を踏み入れ、翌年2005年7月、夫とともに美土里町に「エオの谷・north sigel」を設立。独自目線で馬と人に添い、Only Oneを追求中!人の素敵なパートナーである馬との出会いをサポートしています。 


 


 
**セッションの内容と流れ**
1.広島市内(原則、JR広島駅 又は アストラムライン中筋駅)に結葵がお迎えに行き、美土里町のエオの谷へ出発!車の中では、楽しくコミュニケーションを取りながら、その日のセッションのための関係づくりをします。セッションはここから始まっています。そして、あなたの人生の物語も聴かせてください。

2.エオの谷に到着したら、馬に乗って20分間の外乗(お散歩)に出かけます。馬の背中の上は非日常空間です。エオの谷の周りの自然を感じながら、今度は馬との関わりを楽しんでみてください。

3.乗馬の後は、カラーボトルを用いたライフコーチングを60分間行ないます。カラーボトルは、あなたを映し出す鏡。どんなあなたが見えてくるでしょうか?

4.終了後、再び結葵が広島市内までお送りいたします。帰りの車の中では、どんな体験だったか、聴かせてくださいね。大切なコンプリーション(完了、仕上げ)の時間になります。


**セッション料金 18000円**
(料金に含まれるもの:20分間の騎乗料、60分間のコーチング料金、セッションルーム使用料、エオの谷までの往復の交通費)
 
※送迎場所は、原則JR広島駅かアストラムライン中筋駅でお願いしております。その他の場所をご希望の場合は、可能な範囲でご相談に応じますので、お問い合わせください。

※セッションの所要時間は、全部で約6時間です。送迎場所や交通状況などにより、時間は変動したり、前後したりする可能性があります。ゆったりとリラックスして楽しんでいただくためにも、お時間は余裕を持ってみておいてください。


★重要★ご注意いただきたいこと
〜必ずお読みいただき、ご了承ください〜

1.スカート・サンダルでは乗馬は出来ません。安全のため、長ズボン・運動の出来る靴でお越しください。
エオの谷は、広島市内より気温が若干低めです。防寒のための帽子や上着をご準備ください。


2.エオの谷では、心の解放、心身の向上目的のため、ヘルメットやボディープロテクター等の着用は任意としています。ヘルメット・ボディープロテクター着用の有無は、ご自身の責任のもとでご判断ください。ヘルメット、ボディープロテクターは、別途各300円でレンタルできます。尚、着用の有無に関わらず、騎乗時の障害、死亡等の事故については、エオの谷及び西田恭子は一切責任を負いません。

3.送迎中の運転には細心の注意を払います。馬に騎乗の際も、安全には充分に配慮いたしますが、もし事故やお怪我がご心配でしたら、万が一の場合に備え、日帰り国内旅行保険への加入をオススメいたします。保険加入は自己責任で、各自で行なっていただきますよう、お願いいたします。
<ご参考>
こちらの保険会社は、インターネットから保険加入が可能です。
(保険料330円〜、クレジットカード払いのみ)

エイチ・エス傷害保険株式会社

http://www.hs-sonpo.co.jp/kokunai/

4.セッションは、木曜日と日曜日はお受けできません。恐れ入りますが、それ以外の曜日でお申し込みください。

**セッションのお申し込み**
,名前(ふりがな)
緊急のご連絡先(携帯の番号or携帯のメールアドレス)
ご希望の日時(木曜日と日曜日以外) を明記の上、
nkyoko☆mtc.biglobe.ne.jp(☆を@に変更してください)まで、
メールでお申し込みください。



*エオの谷・north sigel(ノースシーグル)とは…*

ほっとして、あったかくて、そこに馬がいる…エオの谷はそんなホースセラピー施設です。馬に添うことで「あたりまえ」の命のあたたかさ、「そのまんま」の自分を感じてください。馬上で感じる風、馬上から見える景色、そんなすべてがあなたの五感をリラックスさせてくれるでしょう。
エオの谷・north sigel (毎週木曜日定休)

http://eohnotani.p1.bindsite.jp/ 
 
*ホースセラピーとは…*

馬に乗り、ただ揺られているだけで自然と笑顔がこぼれてきます。そして、いつの間にか心が開放され「ありのまま」の自分が見えてくるのです。古来より「馬は人の鏡」と言われています。馬を見つめることで「自分自身を見つめ」、馬を感じることで「自分の存在を感じる」、そして馬と一緒に進むことで「前進する自分を見つける」ことができるでしょう。

*カラーを取り入れたライフコーチングとは…*

上下二層に色が分かれたボトルを何本か選ぶところからスタートします。選んだボトルが鏡となってその人自身を映し出すので、自分では気づいていなかった自分を発見することができ、自分自身を深く知ることができます。
あなたに必要な答えは、いつもあなた自身の内側にあり、あなたはその答えを自分で見つける力を持っています。人は誰しも本来欠けるところのない存在であることを、コーチは誰よりも強く、時としてクライアント自身以上に強く信じています。あなたが本当に望んでいる人生を創りだしていけるように、コーチは全力でサポートします。
色の力を使って、楽しみながら本当の自分と出会い、自分を癒し、自分にとっての真実の道を一緒に探しに行きましょう。



**セッション料金 18000円**
(料金に含まれるもの:20分間の騎乗料、60分間のコーチング料金、セッションルーム使用料、エオの谷までの往復の交通費)

**セッションのお申し込み**
,名前(ふりがな)
緊急のご連絡先(携帯の番号or携帯のメールアドレス)
ご希望の日時(木曜日と日曜日以外)を明記の上、
nkyoko☆mtc.biglobe.ne.jp(☆を@に変更してください)まで、
メールでお申し込みください。


 
| セッションのご案内 | 02:10 | comments(0) |
5月30・31日広島初開催「アクティブ・ホープinヒロシマ」のご案内
みなさんは、「怒りのヒロシマ 祈りのナガサキ」という言葉をご存知ですか? 
これは、広島・長崎市民らの、原子爆弾による被爆や反核運動・核廃絶運動・原水爆禁止運動などに対する態度をあらわすフレーズです。 

(以下、中国新聞のコラムより抜粋) 
「にんげんをかえせ」と原爆を鋭く告発したのは広島の詩人峠三吉だ。一方、長崎で被爆した永井隆博士は「灰の中に伏して神に祈る」と随筆「長崎の鐘」に記した。キリスト教信者として原爆投下は神が与えた試練と考えたのだろう。 
これらの作品も影響したのか、二つの被爆地は「怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ」と形容されてきた。大国の核兵器保有を声高に批判するのが広島。世界平和の実現をひたすら祈念するのが長崎、といったふうに。(抜粋ここまで) 

私は、広島で生まれ育ち、幼い頃から「平和教育」と称して原爆や戦争について学ぶ機会が多くありました。その中でごく自然に、戦争に反対する気持ちや平和への願いが私の中で育っていき、平和な世界を創るために、自分も何かしら役に立ちたいと考えるようになりました。 

しかしながら被爆70年を迎える2015年になっても、一向に世界から争いは絶えることなく、さまざまな対立を抱えたまま、多くの人々が傷つき続けています。 
私は怒りを否定はしませんが、そのような現状を見るにつけ、怒りのエネルギーからだけでは、世界を変えたり、平和を創りだすのは難しいのだと感じていました。 

何か「よきエネルギー」から、平和を創りだしていきたい。6年前にそのように考え始めてから、今年になって初めて、ジョアンナ・メイシーさんの「アクティブ・ホープ」という心のあり方を知り、ボブ・スティルガーさんのワークに参加させていただく機会を得ました。 

ワークを実際に受けて、この「アクティブ・ホープ」こそ、私が「ピース・クリエイター」として取り組んでいきたいライフワークだと直感しました。
そして、さまざまな人とのつながりから、ボブさんを広島にお迎えして「アクティブ・ホープ」のワークショップを5月に開催する運びとなりました。 

このワークが、広島の地で開催されることには、大きな意義があると確信しています。一人でも多くの方に、この「アクティブ・ホープ」を体験していただくことを、心から願っています。

☆参加のお申し込みは、こちらのウェブサイトから☆
http://kokucheese.com/event/index/280972/


☆お問い合わせは、spacealive7@gmail.com(西田)まで。

【ワークショップ概要】

「アクティブ・ホープ(Active Hope)」とは、 
「たとえどのようなことが世界や人生で起きていても、それに圧倒されることなく、希望と勇気を失わずに、心から望む変化のために、自分ができる事をやり続ける」 そんな心の状態を指しています。 
東日本大震災、放射能の問題、気候変動など、未来への希望が大きく揺らいでいる今こそ、まさに私達に必要な心の状態なのではないでしょうか。同時に、世界で初めて原子爆弾が投下された広島の地にこそ、必要な考え方でもあるのではないでしょうか。 

このワークショップは、仏教哲学者・平和活動家であるジョアンナ・メイシーが開発した「つながりを取り戻すワーク」をベースとしています。 

   *感謝からはじめる 
   *世界に対する痛みを大切にする。 
   *新しい目で観る。 
   *前に向かってすすむ。 

このスパイラルをたどりながら、対話や体験型ワークを通して、自分や他者、自然、世界、過去や未来など、あらゆるものとの「つながり」を取り戻し、アクティブ・ホープを生きる、ということを学んでいきます。 

私たちが本来持っている力に気づき、つながりを深め、これからの生き方と地球の未来を探っていく、深い体験の2日間をご一緒しませんか? 

地域や組織を変える「対話の場」づくりの名人であり、ジョアンナ・メイシーとも親交のある、ボブ・ステイルガーさんがこのワークを紹介してくださいます。 
ぜひこの機会に、「アクティブ・ホープ」をまさに生きている彼の在り方Beingから、私たちの心に届けられるメッセージと、「アクティブ・ホープ」を体験してください。 

☆ファシリテーター紹介:ボブ・スティルガー氏(Bob Stilger) 
様々なストーリーの力を利用して、生き生きとしたコミュニティ形成の手助けをする非営利団体、New Storiesの創設者であり共同代表でもある。若い頃早稲田大学に留学した経験から、日本に深い想いを持っており、特に東日本大震災後は、年に何度も来日して東北はじめ日本各地で支援、対話の場づくり、コミュニティ形成を助ける活動を行ってきている。ジョアンナ・メイシーとも親しく、長年彼女のワークを紹介している。 

※ワークは通訳付きですので、英語がわからなくても大丈夫です。
 
☆参加のお申し込みは、こちらのウェブサイトから☆
http://kokucheese.com/event/index/280972/

☆お問い合わせは、spacealive7@gmail.com (西田)まで。
| 最新PR情報 | 16:24 | comments(0) |
馬も自然も人間も・・・
先日エオの谷へ行った日のこと。

雪が降ったり止んだり、たまにおひさまの光が射したりと、あいにくのお天気。そしてとっても寒い!!
今年は雪や雨が多いから、馬場や放牧場の状態もあまりよくない日が多くて、馬たちもなかなか外へ出してもらえず、厩舎での時間が長くなっているとのこと。

クローバーは、脚の具合が少し上向きの傾向はあるけれど、すごく良くなっていってるというほどではないため、運動制限もあって、余計に厩舎で過ごす時間の方が長いのだと思う。かといって痛みがあるというわけではないらしいので、脚がちょっと不自由な以外は元気があり余っており、そういう様子が一目見た時になんとなく伝わってきた。


こういう時は、馬というのはいつも以上に敏感になるというTearの話があり、確かにいつものちょっとのんびりした感じのクローバーとは違って、少々興奮気味な感じでドタバタしている。私が馬房に入って、馬着を脱がせ、無口をつけようとする間も、早く外に出たいのか、おとなしくしていてはくれなかった。

Tearに、今クローバーはこういう状態だけど、厩舎から出すのを自分でやってみますか?と聞かれた時、最初はやってみますって答えたけど、やっぱりちょっと怖いかもって感じたので、Tearにお願いすることにして、どういうふうにTearがそういう状態のクローバーを厩舎から出すのか、見させてもらった。

Tearの見事なリーディングで、馬繋場まで連れていく数十メートルの間に、興奮気味だったクローバーは少しずつ落ち着いていった。馬繋場に着いて繋がれてもおとなしくしており、私がブラッシングを始めても静かにしていたし、ブラッシング中もちゃんと私に注意を向けてくれていた。

いつも帰りの車の中では、運転しながらその日に起こったことや感じたことを振り返る。
この日私が心からそうなんだなぁと思ったことは、馬も自然も人間も、常に変化し続けていて、いろんなことが起こって、まったく同じ時などなく、それが本来の自然な姿であるということ。変化し続けることをただ受け入れて生きていくのが自然なことなんだな、と。そんなの当たり前だと言われそうだけど、その当たり前のことを、私たちはついつい忘れがちになってしまい、自分本位になったり人間本位になったりしてるのではないかと思ったのだった。

そしてその日の夜、娘と夕食を取りながら、こんな話になった。
娘が「私は自分の心がいつも波風が立たない凪のようでいたい、心静かに平穏でいたい。だから人と交わるのも最低限にして、人と関わることで心を乱されたくない。」みたいなことを言ったのを聞いて、私はその日エオの谷からの帰り道に思いを巡らせていたことを思い出して言った。

「外の世界っていうのは、常に変化しているし、常に何かが起こっているのが、本来の自然な姿。だからそれから逃れることはできない。外の世界に起こることは、自分ではどうすることもできないよね。
でも、心の平穏っていうのは自分の内側にあるものだから、外側で何が起こっても、ただそれをそのまま認めて受け入れていけば、乱されるようなものではないのかもね。拒否するから、認めないでジタバタするから、心に波風が立つのかもね。」と。

エオの谷では、自然からも馬からも、本当にいろんなことに気づかせてもらえる。自分で体験し、感じ取ったことを通じて、大切なことに気づかせてもらえる。そういう豊かな時間が持てることは、本当に幸せなことだと思う。

 
| 乗馬 | 23:58 | comments(0) |
フツーって
若い頃、私はなーんにも考えていないおバカな女の子だった、と思う。
なんでかっていうと、フツーに結婚して、子供をふたりくらい(上は女の子、下は男の子)を産んで育てて、週末は旦那さんに家族サービスしてもらって、今ぐらいの歳には、マイホームで優雅にフツーの奥様をやっている・・・そんな人生が当たり前のように自分にもやってくる、と根拠もなく思っていたからだ。
この話をすると、娘はすかさずこう言う。「おかーさんにはそんなの絶対向いてない、絶対ムリ!笑」ってね。で、ご存知の通り、私の人生は、ぜーんぜんそんなふうにはいかなかった。

 
まず、結婚生活が続いていない(バツイチである)。子供はひとり(女のみ)。週末は、家でのんびり…否、疲れてぐーたらしてるか、最近は馬に乗りに出かけてるか、ちょっと前まではコーチング関係のイベント主催とかでドタバタしてるか、そんなところ。旦那さんはいないから、自分が家族サービスする側で、車の運転も全部自分でする。この歳になっても、マイホームは持っておらず、未だに実家で借り暮らし。光熱費使い過ぎ!って母に文句言われながら。優雅な奥様なんて、私には一生なれそうもない。・・・と、これが現実の私の人生なのである。

 
「こんなはずじゃあなかったのよ」と娘に冗談言って、いつもふたりで笑うのだけど、あの頃なんであんなふうに疑問も持たずにそんなこと思っていたのか、今では???である。フツーってなんだよ?である。

 
10代の頃、海外(特にヨーロッパ)に憧れ、世界一周旅行とかしてみたい!と夢見ていた。でもそれは本当にただ見ているだけの、ただ憧れているだけの夢だった。決断力も、決行するだけの勇気も、実現するための努力も、何もかも中途半端。世間知らずの箱入り娘、あまちゃんだったのだと思う。

 
それが離婚を機に、27歳でポーンと外の世界に放り出された。3歳の娘を抱えて、親子二人どうにかして食ってかなきゃいけなくなって、いろんなこと全部自分で考えて、自分が決めて、その責任も全部自分が背負うってことを、やらざるを得なくなった。そういうことをしたかったのか?というと、決して望んでした離婚ではなかったし、全然したかったわけではなかった。でも、やらざるを得なくなってしまった。

 
しんどかった。長いこと、ずっとしんどかった。自分のそういう人生の巡り合わせを受け入れることが全然できなかった。その頃は無意識だったのだろうけど、自分のそういう人生を認めたくなかったのかもしれない。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの?っていう被害妄想てんこ盛りの自分しかいなかった。めちゃくちゃひねくれてた。ひん曲がってた。自分は悪くないって思いたいから、周囲は全部敵だった。いつも何かに怒ってた。何もかもに腹が立って噛みついてた。・・・そして、ものすごく寂しかった。孤独だった。独りぼっち(娘はいたけど、そう思っていた)がとんでもなく辛くて悲しくて、夜、娘が寝た後、ひとりで泣いてた。私の気持ちなんて誰にもわかるはずがない、と。

 
20代の後半、私にはあまり楽しい思い出がない。本来なら、いちばん楽しいはずの時期だろうに。子育ても、その頃の私にとっては重い責任に感じることだったから、楽しむことがほとんど出来なかった。娘にとっては全然いい親ではなかっただろう。

 
まったくもって、私がおこちゃまだった頃、疑問もなく思ってたフツーとななんぞや?である。
| 私の物語 | 00:54 | comments(0) |
5月25日(土) 心のフルコースエステ “小さな旅”




ライフコーチ・オーラソーマカラーセラピストの結葵(ゆき)@西田恭子と、ホースセラピストのTear(ティア)@竹内直美とがコラボし、自然に囲まれた安芸高田市美土里町のエオの谷・ノースシーグルで新しいスタイルのセッションを始めました。


ライフコーチングとカラーセラピー、そしてホースセラピーをかけあわせたシナジーで、あなたが本来の自分を思い出し、真実の自分で生きることをサポートするセッションです。

馬と色の力で心を解放し、ありのままの自分を見つけ、コーチングによって未来へ一歩を踏み出すきっかけを創りだす“小さな旅”に出かけてみませんか?

このセッションは、1日1名様限定で行ないます。
次回は、5月25日(土)に行ないます。
現在、お申し込み受付け中です。
尚、お申し込みの締め切りは、事前の準備の都合上、5月22日(水)正午
とさせていただきます。

ご興味をお持ちの方は、どうぞお気軽にお問い合わせくださいね。
お問い合わせは、nkyoko☆mtc.biglobe.ne.jp(☆を@に変更してください)
まで、メールにてお願いいたします。


【セッションのお申し込みは…】
,名前(ふりがな)緊急のご連絡先(携帯の番号or携帯のメールアドレス)を明記の上、nkyoko☆mtc.biglobe.ne.jp(☆を@に変更してください)
までメールをお送りください。
(お申し込みの締め切り:5月22日(水)正午)


**セッションの内容と流れ**

1.広島市内(原則、JR広島駅 又は アストラムライン中筋駅)に結葵がお迎えに行き、美土里町のエオの谷へ出発!車の中では、楽しくコミュニケーションを取りながら、その日のセッションのための関係づくりをします。セッションはここから始まっています。そして、あなたの人生の物語も聴かせてください。


2.エオの谷に到着したら、馬に乗って
20分間の外乗(お散歩)に出かけます。馬の背中の上は非日常空間です。エオの谷の周りの自然を感じながら、今度は馬との会話や馬との関わりを楽しんでみてください。


3.乗馬の後は、
111本のオーラソーマカラーボトルを用いたカラーセラピー&ライフコーチングを60分間行ないます。カラーボトルは、あなたを映し出す鏡。どんなあなたが見えてくるでしょうか?


4.終了後、再び結葵が広島市内までお送りいたします。帰りの車の中では、どんな体験だったか、聴かせてくださいね。大切なコンプリーション(完了、仕上げ)の時間になります。


**セッション料金 スタート特別価格 16000円**

(料金に含まれるもの:広島市内からの送迎代、20分間の騎乗料、60分間のカラーセラピー&ライフコーチング料金)

 

※送迎場所は、原則JR広島駅又はアストラムライン中筋駅でお願いしておりますが、その他可能な範囲でご相談に応じます。お気軽にお問い合わせください。

※セッションの所要時間は、全部で約時間です。送迎場所や交通状況などにより、時間は変動したり、前後したりする可能性があります。ゆったりとリラックスして楽しんでいただくためにも、お時間は余裕を持ってみておいてください。


※スカート・サンダルでは乗馬は出来ません。安全のため、長ズボン・運動の出来る靴でお越しください。


※エオの谷では、心の解放、心身の向上目的のため、ヘルメットやボディープロテクター等の着用は任意としています。ヘルメット・ボディープロテクター着用の有無は、自己責任でお願いいたします。ヘルメット、ボディープロテクターは、別途各
300円でレンタルできます。尚、着用の有無に関わらず、騎乗時の障害、死亡等の事故については、エオの谷及び西田恭子は一切責任を負いません。

※送迎中の事故につきましても、運転には細心の注意を払いますが、万が一の場合に備え、日帰り国内旅行保険への加入をオススメします。保険加入は自己責任で、各自で行なっていただきますよう、お願いいたします。
こちらの保険会社は、インターネットから保険加入が可能です。
(保険料320円〜、クレジットカード払いのみ)

エイチ・エス傷害保険株式会社 
http://www.hs-sonpo.co.jp/kokunai/


【セッションのお申し込みは…】
,名前(ふりがな)緊急のご連絡先(携帯の番号or携帯のメールアドレス)を明記の上、nkyoko☆mtc.biglobe.ne.jp(☆を@に変更してください)
までメールをお送りください。
(お申し込みの締め切り:5月22日(水)正午)

 

**ライフコーチ・カラーセラピスト紹介**

結葵(ゆき)@西田恭子

広島市在住のライフコーチ&カラーセラピストです。200610月、米国のコーチ養成機関CTIの認定資格CPCC(Certified Professional Co-Active Coach)取得。20082月、オーラソーマプラクティショナー登録。コーチングとカラーセラピーを通じて、人が本来の自分を自ら見い出し、勇気をもって一歩踏み出すことを支援しています。






 
**ホースセラピスト紹介**
Tear(ティア)@竹内直美

広島県北発信のホースセラピストです。 200411月、ホースセラピストとして新天地に足を踏み入れる。翌年20057月、夫とともに美土里町に「エオの谷・north sigel」を設立。独自目線で馬と人に添い、Only Oneを追求中!人の素敵なパートナーである馬との出会いをサポートしています。

 


**エオの谷・north sigel(ノースシーグル)とは…**


ほっとして、あったかくて、そこに馬がいる…エオの谷はそんなホースセラピー施設です。馬に添うことで「あたりまえ」の命のあたたかさ、「そのまんま」の自分を感じてください。馬上で感じる風、馬上から見える景色、そんなすべてがあなたの五感をリラックスさせてくれるでしょう。
エオの谷・north sigel ホームページ http://eohnotani.p1.bindsite.jp/index.html

 
*ホースセラピーとは…*

馬に乗り、ただ揺られているだけで自然と笑顔がこぼれてきます。そして、いつの間にか心が開放され「ありのまま」の自分が見えてくるのです。古来より「馬は人の鏡」と言われています。馬を見つめることで「自分自身を見つめ」、馬を感じることで「自分の存在を感じる」、そして馬と一緒に進むことで「前進する自分を見つける」ことができるでしょう。

 
*オーラソーマカラーセラピーとは…*

111本の上下二層に色が分かれたボトルを用いて行ないます。「あなたが選ぶ色があなた自身」と言われるように、ボトルが鏡となってその人自身を映し出します。「考える」のではなく「感じる」ことで、自分が気づいていなかった自分を発見することができ、自分自身を深く知ることができます。楽しみながら本当の自分と出会い、自分を癒し、自分にとっての真実の道を歩いていけるようにサポートします。

 
*ライフコーチングとは…*

答えはいつも自分の内側にあり、私たちはその答えを自ら見つける力を持っています。人は誰しも本来欠けるところのない存在であるということを、コーチは誰よりも、時としてクライアント以上に強く信じ、クライアントが本当に望んでいる人生を創りだしていけるよう、全力でサポートします。


【セッションのお申し込みは…】
,名前(ふりがな)緊急のご連絡先(携帯の番号or携帯のメールアドレス)を明記の上、nkyoko☆mtc.biglobe.ne.jp(☆を@に変更してください)までメールをお送りください。
(お申し込みの締め切り:5月22日(水)正午)


 

| 最新PR情報 | 23:58 | comments(0) |
記憶、戻る

記憶喪失。ドラマでしか見たことないようなそんな事態が身近な人、一番大切に思っている人に起こるなんて、私にとっては思ってもみないショックな出来事だった。当然、私だけでなく夫の家族や私の家族にとってもそうであったと思う。


以前に台風の強風で飛んできた看板が頭にあたり、一時的に同じような記憶喪失の状態になったことがあるという人が、たまたま母の知人にいることがわかり、母はその人に話を聞いたらしく、こんなことを教えてくれていた。
記憶が戻る時には、一時的に記憶を失ってから戻るまでの間のことを忘れてしまう、と。その人は実際、そういう状態になったそうだが、数日して全て思い出した、というのだ。


もしそれが本当なら、そうなった場合には夫は水戸から浦和に引っ越してきたことを忘れてしまうだろうし、浦和の新しい家の場所もわからなくなるのだろう。記憶が戻る瞬間、それがいつ何をしている時に起こるかは誰にもわからない。家に居る時なら何の心配もないが、職場復帰した今、それは会社で起こるかもしれないし、通勤途中に起こるかもしれない。
何度も言うが、携帯電話のない時代である。もし、夫が一人で外出中にその記憶が戻る瞬間が訪れた時に、私と連絡が取れるようにと、新しい住所と電話番号を記したメモを、夫の財布の中に入れておくことにした。どうかこのメモに気づいてくれますようにと、祈る気持ちだった。


そしてその日がついに来た。夫に記憶が戻る瞬間が訪れたのは、日曜日に千葉の工場に仕事で出かけて行った日の帰りの電車の中だった。


夫は、千葉から帰る電車の中で、少し眠ってしまったのだそうだ。
ふと気づくと、今まで乗ったことのない電車に乗っている。窓から見える外の景色も全然見たことがない。なぜ自分がこんな電車に乗り、どこへ行こうとしているのか、なぜ全然知らない場所にいるのか、まったくわからなかったらしい。
取るものとりあえず、夫は電車を降りた。降りた駅も見覚えがない。それでなんとなく財布の中を探ったのだそうだ。そして、私が書いたメモを見つけてくれた。そしてそこに書かれている電話番号に、電話をかけてきてくれたのだった。


電話が鳴った瞬間、私は直感していた。これは来るべき時が来たのだと。
受話器を取ると、電話の向こうから困惑している夫の声が聞こえてきた。
「ねえ、俺、今○○駅っていう全然知らない駅にいるんだけど、ここってどこなの?なんで俺、こんなところにいるの?」


電話に出た私も慌てていた。何からどう説明したのか、覚えていない。無我夢中で、まずは家に帰る方法を説明し、最寄りの駅に着いたらまた電話をかけてもらうように頼み、一旦電話を切った。そして次に電話がかかってきたら駅まで迎えに行けるように、準備をして、再び電話が鳴るのを待った。


何分くらい待っただろうか、全然覚えていない。夫から最寄りの駅に着いたと連絡があり、私は娘を抱っこひもで体にくくりつけ、コートを羽織って駅に向かった。気持ちばかりがはやり、はやく歩こうとするのだが、六ヶ月になっていた娘を抱っこしているので、前のめりになってこけてしまいそうになる。「落ちつけ落ちつけ、気をつけて行かなきゃ」と娘の顔を見ながら自分に言い聞かせる。駅までの数分の距離が、あんなに長く感じたことはなかった。


駅で私と娘を見つけた時の夫は、娘の名前を呼んでこう言った。
「なんでこんなに大きくなってんの???」
夫はまるで目が点状態だった。そりゃあそうだ、事故して記憶喪失になった時、娘は二ヶ月足らず、ちっちゃな赤ん坊だったのだ。今はまるまるとして(!)、私が重そうに抱っこしているのだから。


私は私で、嬉しいのと驚いたのとで興奮して、そして夫に事の顛末を話さなきゃ、と家までの短い距離の間も矢継ぎ早に説明しようとしていた。家に帰ってからも、夫の実家に連絡を入れたり、夫にこれまでのことを話したり、とばたばたしていたのを覚えている。
もしかしたら、意外にあの時は夫の方が落ちついていたのかもしれない。自分に何が起こっているのか、すぐには受け止めかねていたが、わりと淡々とした様子だったような気もする。


あの頃、私は夫のことばかり心配して生活していたつもりだったが、本当に夫の気持ちをわかっていたのだろうか。
夫がどんな気持ちで記憶喪失ということを受け止めていたのか、わかっているつもりでいただけだったのではないか。
ずいぶん時間が経ってから、そう、離婚した後になってから、私は初めてそんなふうに思うようになった。
今から思えば、あの頃の私は、実は自分のことで精一杯だっただけなのかもしれない。でも、その時にはそんなことは思いもしなかった。いつでも、優先順位は娘、夫、最後が自分だ、と思っていたのだ。




| 私の物語 | 01:28 | comments(2) |
記憶喪失

数日経っても、夫の様子は変わらなかった。
私のことは結婚前の友達だった頃の私という認識で、私がいつも連れてくる赤ちゃんが、二ヶ月前に生まれたばかりの自分の娘だとはわからない。
自分が社会人になったことも、私と結婚したことも、娘が生まれたことも、忘れていた。自分の仕事のこともわからなくなっており、仕事中に自分が事故を起こしたことさえ、覚えていなかった。
夫は、自分は大学生で、福岡に住んでいる、と認識していた。


医師には「逆行性健忘症」と診断された。いわゆる記憶喪失である。
記憶は戻るかどうかも、いつ戻るかもわからない、と言われた。
CT検査では異常はなかったが、念のためMRI検査もした方がいいとのことで、大きい総合病院への転院を勧められた。


転院してからは家から遠くなり、毎日病院へ通うのはなかなか大変だった。その頃は、義母や義姉、自分の母などが、入れ替わり立ち替わり水戸まで来てくれて、しばらくの間泊って娘の面倒や家事を手伝ってくれた。


検査では異常はなく、間もなく退院となったが、なにしろ仕事のことを覚えていないのだから、すぐには職場復帰が出来ない。仕事中の事故だったので、会社側は労災で対応してくれて、しばらくは自宅療養ということになった。


退院してからは、ふたりで行ったことのある場所に行ってみたり、友達に訪ねてきてもらったり、記憶を取り戻すために出来ることはないかと手探りの毎日だった。
福岡の夫の実家に帰り、九州大学の大学病院で検査や診察を受けてみたりもしたが、これといって原因がわかるわけでもなく、記憶も一向に戻る気配がなかった。


この頃私は、突然鼻血が出たり、じんましんが出たり、風邪をひいても咳が長引いてなかなか治らなかったり、体調のすぐれないことが多かった。
記憶はいつ戻るかもわからない、夫の仕事はどうなるかもわからない、先の見えない不安。
娘が生まれてから気づかぬうちに毎日の生活の中で夫に負担をかけていて、そのせいで夫は疲れていたから事故を起こしたのではないか、だとしたら自分のせいだ、という自分を責めるような気持ち。
初めての子育てにも、いろいろ不安があったし、慣れないことばかりで心身共に疲れがたまっていたのだろうと思う。


事故から三ヶ月が経ち、記憶は戻らないものの体は元気だった夫に、会社から東京への転勤の辞令がおりた。新しい部署で新しい仕事を一から覚えてもらうという形で、仕事に復帰するように、ということだった。


12月に入っており、慌ただしく引越しの準備が始まった。夫が引越し先を決めるために、ひとりで東京へ行って部屋を探したり、引越し屋さんを手配したり、荷物を整理したり。
引っ越しする日は確かクリスマス頃だったように思う。朝から引っ越し作業に追われ、車で埼玉の浦和に向けて出発したのは夕方近かった気がする。
徐々に暗くなっていく中、私は不安と希望の入り混じった気持ちで、車に乗っていた。
水戸をこんな形で去るとは、思ってもみなかった。短い間だったが、新婚の楽しかった思い出も多い。いつかこの町を再び訪れることはあるのだろうか。。。


浦和に着く頃は夜も遅くなっており、引っ越し屋のトラックが荷物を運び入れるのは翌日になっていたので、その日は駅前のホテルに泊まることになっていた。
ホテルに泊まった夜、思いがけず思い出が出来る。娘がホテルのベッドの上で、ころりと初めて寝返りを打ったのだ。
体が大きめだった娘は、重くてなかなか寝返りが打てなかったようで、普通だったらとっくに寝返りが出来ているような月齢になっていた。嬉しい成長の証だった。
今思えば、あの重苦しい日々の中での喜びの思い出で、とても懐かしい。


年末は荷物整理に追われ、あっという間に1993年が明けた。夫は仕事始めからの職場復帰。浦和から新宿へ埼京線で通勤する、という毎日が始まった。私も新しい土地での新しい生活がスタートした。


職場復帰から約三週間が経った頃、夫が日曜日に千葉の工場での仕事が入ったと言う。
朝から電車に乗って出かけた夫だったが、帰ると言っていた時間になっても、帰ってこなかった。
当時は携帯電話もない時代。心配になり、部屋の窓から見える埼京線の高架を電車が通るたびに、この電車に乗ってるに違いないと期待しながら待ったが、やはり夫は帰ってこない。
本気で心配になり始め、隣の市に住んでいると聞いている夫の新しい直属の上司の自宅に電話をしてみようか、と思い始めた時、電話が鳴ったのだった。




| 私の物語 | 10:29 | comments(0) |
夫の交通事故

20年前、娘が生まれて2ヶ月が経とうとしていた頃、忘れもしない8月31日のことだった。


その頃の私は専業主婦。この日は天気が良く、空は青く晴れ渡っていて、朝から気分良く家事をこなしていた。午前中に近所のスーパーに買い物に出かけたりして、今日は仕事がはかどるなぁと自己満足していたくらい。


昼食を食べた後、リビングで寛いでいた時・・・娘はその時眠っていた・・・、ふいに玄関のチャイムが鳴った。出てみると、当時の夫の会社の先輩が立っている。年もわりと近い関西出身の気さくな方で、結婚式にも来てくださったので顔も知っていたし、夫の話にもよく出てくる人だった。


「落ちついて、驚かないで聞いてね。○○君が事故って病院に運ばれたんよ。今から一緒に病院へ行こう。僕が車で連れていくから。」


何事が起こったのか、状況もつかめないまま、取るものもとりあえず、娘をベビーキャリーに入れ、先輩の車に乗せてもらって病院へ向かった。
彼は病院へ向かう車の中で、簡単に事故の説明をしてくれた。ひとり相撲の交通事故で、車は廃車になるみたいだけど、本人は大した外傷はないようだ、と。
言葉少なく心配そうな顔をしていただろう私に、彼はしきりに「とにかく落ちついて、大丈夫大丈夫。」と言ってくださっていたことを覚えている。


病院はたまたま自宅から数分のところにあり、救急車でここに運ばれたということだった。
病室に入ってみると、夫は眠っていた。
医師に呼ばれ、話を聞きに行くと、軽いむちうちくらいで、特に外傷はないが、頭を打っているかもしれないから、念のためCT検査をしましょう、そのための入院くらいで済むかもしれないが、とりあえず検査をしてみないとなんとも言えない」とのこと。
病室に戻ってみたが、夫はまだ眠っていたので、とりあえず入院のために必要なものを家に取りに帰ることにし、また先輩の車に乗せてもらって、一旦家に戻った。


家に戻る車の中で、私は無意識にバッグの留め金をカチカチと留めたり外したりしていて、また先輩に「落ちついて、大丈夫だから」と声を掛けられた。
家でバタバタと思いつくものをカバンに詰め、今度は自分の車を運転して再び病院に戻った。
もちろんベビーキャリーに入れた娘も一緒に。乳児の娘を病院に連れて入るのは、看護師さんには止められたが、他に預けられる人もいないのだから仕方がなかった。


戻った時、夫は目を覚ましていた。そして、私の顔を見て不思議そうにこう言った。
「西田??なんで西田がここにいるの?」と。
赤ちゃんの娘を見ても、ただただ不思議そうな顔をするばかり。誰の子?と言わんばかりに。


最初は私も目の前で起こっている状況が飲みこめなかった。
どういうことなんだろう?
なんで私のことを旧姓の呼び捨てで呼ぶんだろう?まるで私たちが出会ったばかりの頃のように。
それに、なんで自分の娘を見ても、知らない子供を見るようにしているんだろう?
何が起こっているの???


医師にこのことを伝えに行くと、事故の直後は記憶が錯綜することがあるんです、少し時間が経てばもとに戻るでしょう、と言われたので、そうだよね、大丈夫だよね、と自分に言い聞かせ、とりあえず今日は家に戻るね、明日また来るね、と病院を後にした。


家に戻った頃はすでに夕方になっており、慌てて洗濯物を取り入れる。ひとり洗濯物を抱えながら、ふと気が抜けて、涙が溢れてきた。
「しっかりしろ、私には赤ちゃんもいるんだ、大丈夫、なんとかなる」と、自分で自分に言い聞かせようとしたが、そう思おうとすればするほど、涙が出てきて止まらなかった。


その日の夜、福岡の夫の実家に電話をし、事故のことや夫の様子を伝えると、義父が明日一番でこちらに来ると言う。心配だし、恭子さんも赤ん坊がいるから大変だろうし、男手ではあまり役には立たないだろうけど、病院に行ったりは出来るから、と。


心を落ちつけるために、広島の自分の実家にも電話をしたのを覚えているが、その日の夜は、疲れているのに目が冴えて、なかなか眠れなかった。朝、いつも通りに仕事に送り出した時の夫の笑顔も思い出されてならない。
私を旧姓で呼んだ夫。自分の娘だとわからない夫。
いったいどうなってるんだろう?これからどうなるんだろう?
突然の出来事によるショックと、先の見えない不安が押し寄せていた。




| 私の物語 | 00:51 | comments(0) |
1/23 >>